チョコレートよりも甘い物

「牽制てどういう意味なん?」

学校から結構離れた所で走るのをやめて、ゆっくり歩きながら隣の幸村くんに聞いてみる。
「そのままの意味だよ。バレンタインデーに便乗して白石に告白しよう、なんて考える輩に、俺の存在を知らしめようと思って。」
「まさか、そのためだけに大阪に来たん?」
「まぁ、そうだね。」
「学校はどないしたん?」
「・・・休んで新幹線に乗ってこっちに来ちゃった。」
「はぁ!?」
返ってきた答えに大きな声を上げる。
「親御さんの許可は降りたん!?」
「ちゃんと母さんに、今日は遅くなるからって伝えて来たよ。」
「ほ、ほんまに・・・?」
「ふふふ。」

だ、大丈夫なんか、これ!?この調子やと遅くなるっちゅうて来たのはほんまやけど、学校には普通に登校したフリして、そのまま駅に直行してこっちに来た気ぃしてきた。仁王くんにイリュージョンして貰て、自分の代わりに授業出させてそうや。
「自分、悪い子やな・・・。」
「結果的に君を助ける事になったと思うから許して欲しいな。」
「助ける?」
「中学最後のバレンタインだよ?チョコを渡したいと思う相手が、卒業したらもう会えなくなるかもしれない。それなら、皆何としてでも渡そうと考える。積極的な子も引っ込み思案な子も、勇気を出して全員ね。その結果が、君がさっき持っていた袋の数の多さだろう?」

見てたんかっちゅうくらい、幸村くんの言う事は正解やった。今日卒業したら〜云々なんて、何人に何回言われた事か。
「君が学校から出てきた後、その後ろにスゴイ数の女の子がいたよ?帰るなら君を追い越して行けばいいのに、ずっと一定の距離を保って着いて来ててさ。忍足くん達がバリケードになっててくれてたから、まだ話す機会を伺っていた段階みたいだったけれど・・・。俺がいなかったら、一人になった時にトンデモない目に遭ってたかもしれないね。」

短い間にそこまで観察しているとは驚きや。確かに、さっき振り返った時に見た女子、全員キレイに俺の後ろに並んどったな。必死に知らん振りしてたけど、あの人数に押し掛けて来られるんは溜まったもんやない。ただでさえ今日は朝から疲れてんのに。
「はは、トンデモない目か・・・。もう十分遭うてるわ。」
「一体、今日何回呼び出されたの?」

今日一日の出来事を思い出す。
「何回呼ばれたかは数えてへんけど、休み時間になる度に誰かから呼び出されて、あっちこっち走り回ってええ加減疲れた。」
「朝学校来たら、靴箱にみっちりチョコ詰まってて靴入れられへんし。教室入った瞬間チョコ強引に押し付けられるし。机は上も中もやっぱり何も入れられんくらいチョコだらけやし。呼び出されてトイレも行けへんかったし。告白してきた子あんま知らん子やったし。そんで告白断ったら別の女子出てきて酷いとか言われるし。」
「うわぁ・・・。」
「男子はなんや今日いつもより冷たいし。チョコ早よ片せとか言われるし。ユウジは小春からチョコ貰えんかったからか八つ当たりしてくるし。」
「可哀想に・・・。想像していた以上だったよ、君の人気っぷり。」

よしよしと頭を撫でられて、今日負った傷がちょい癒された。落としてきたチョコには悪い事したなと思うけど、今の俺に必要なんは不特定多数から貰う気持ちやなくて、大好きな幸村くんだけや。改めてここに幸村くんがおるっちゅう現実に、じわりと嬉しさが込み上げる。俺の事心配して来てくれて、ほんまに嬉しい。

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