チョコレートより甘い物

「やぁ白石。」

家に帰ろうと校門を出た所で、聞き覚えのあり過ぎる声に話しかけられる。え?と顔を向けると、すぐ脇の塀に背中を預けて立っている幸村くんが、ニコニコと笑顔で俺に手を振っていた。
「えっ?幸村くん?」
ここは大阪。幸村くんがおるのは神奈川。遠方に住んどるはずの幸村くんが、長期休みでもないこの日になんで大阪におるん?疑問に思いつつその場に止まると、俺の後ろを歩いとった謙也達が俺にぶつかって、同じように足を止めた。
「白石、お前何急に止まって・・・。ん?幸村??」
「あ、ほんまや。」
「あらー、幸村くん。大阪で会えるなんて思てなかったわ〜。どないしたん?」

謙也、ユウジ、小春も頭に疑問符を浮かべながらも幸村くんに話しかける。四天宝寺中の制服に身を包んだ生徒の群れの中、私服姿で一人立つ他校生の幸村くんはめっちゃ目立っとって、さっきから下校中の生徒達がチラチラと視線を送っている。そんな周りの様子を完全に無視して、幸村くんは笑みを深くして口を開いた。
「今日は白石に会いに来たんだ。」
「お、俺に・・・?」
「うん。今日はバレンタインデーだしね。」

今日は2月14日。聖バレンタインデー。付き合って初めて迎えるこのイベントは、遠すぎる距離を理由に今年の俺には無関係やと思っていただけに、わざわざ関東から来てくれた恋人に思わずときめく。会いに来てくれたとか、めっちゃ嬉しい。
「今日だけは、どうしても君に会いたいと思って。」
「幸村くん・・・。」
「あと、いろんな牽制も兼ねて・・・、ね。」
「へ?牽制?」

幸村くんは視線を落として俺の手元を見やると、笑った口角はそのままに、眼だけを底冷えするような冷たさに変えた。見ているのは俺が持っている無数の紙袋。中には今日、学校で女子から貰ったチョコレートが入っている。
(げっ・・・)
慌てて袋を後ろに隠す。視線の冷たさから、このチョコを快く思ってないのは明らかや。今日この日に貰うチョコが、どんな意味を持つか。そして、自分の恋人がそれを持っとったら一体どう思うか。謙也達も、この冷え切った目を見たらしい。後ろでヒッと息を呑む音が聞こえた。
「あの、えっと・・・。これは、」
「白石。俺、せっかく大阪に来たから観光とかしたいな。案内してくれるかい?」
後ろに回した手を強引に引っ張られる。弾みで、持っていた袋が全部地面にドサリと音を立てて落ちた。
「忍足くん達、今日はちょっと白石を借りるね?だから・・・、」
「後ろの人達の足止め、よろしく。」

そう言って幸村くんは、俺の手を取ったまま全速力で走り出した。背後で謙也達の慌てた声が聞こえる。走りながら後ろを振り返ると、唖然とした顔の謙也とユウジと小春。そして何でか行列を作っていた大勢の女子達の姿が見えた。

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