非流行性感冒

俺が白石の様子を見るために医務室に出向く時間が出来たのは、夕食を終えた後の事だった。今朝の容態から考えれば、俺に風邪がうつる可能性もあるから、病人である白石の元に行くのはやめておいた方が良いんだけど、そんな事よりも彼の様子を確認しておきたいという気持ちの方が勝った。大丈夫だと思っていても、やっぱり心配だった。

両手で大きな音を立てないように、そろそろと医務室の扉を開ける。中に入ってベッドを囲っているカーテンを少しだけ捲って見ると、白石は静かに眠っていた。ピタリと額に手を置いてみる。今朝よりも熱は引いたみたいで、顔色も幾分か穏やかだ。
「ん・・・?」
眠りが浅かったのか、白石が目を覚ます。声は相変わらずガラガラだ。
「幸村くん?」
「やぁ、白石。気分はどうだい?」
「まだ頭ガンガンする・・・。」
そう言いつつ、何故か白石は起き上がってベッドから降りようとしたからr、慌ててその身体を引き止める。
「寝てなよ!」
「・・・喉、乾いた。」

水が欲しいと言う白石に、俺は持ってきたスポーツドリンクを取り出す。そのままペットボトルを手渡そうとして、ふと思い止まった。今の白石は、これを自分で飲めるのかな。小さい子供じゃないんだから、とは思うけれど、取り落として零すといけないし、水差しは見当たらないし。俺が飲ませてあげれば良いんだけれど、どうやって?

グルグルと思考を巡らせていると、ふらついた白石が俺にもたれ掛かかってきた。倒れないように慌てて片手で支えると、縋り付くように服をぎゅうっと掴まれる。
「幸村くん、早う、・・・頂戴?」

上目遣いで懇願されて、俺の中の何かが切れた。ペットボトルの蓋を開けて中身を自分の口の中に含むと、勢いでそのまま白石と唇を合わせる。驚いて固まる白石に構わず、開いていた口の中に舌を捩じ込んで含んでいたドリンクを流し込んだ。
「んっ、んう」
喉がゴクリと動いたのを確認して、一旦唇を離す。荒く息を吐く白石の後頭部を手で引き寄せて、そのまま数回口移しでドリンクを飲ませた。
「っ、ゲホッ」

飲み込んだ反射で、俺と唇を合わせたまま息を吸った白石は激しく噎せた。その拍子に、俺から逃げるように距離を取ろうとして、仰向けに倒れ込んだ彼の口の端に、散った水滴が僅かに残る。俺はベッドの端に乗り上げて、その滴をそっと舐め取ると、今度は何も含まずに白石に口付けた。中に舌先を差し入れると、熱い舌が奥に逃げる。それを引きずり出すみたいにこちらから舌を絡み付かせると、鼻にかかった甘い声が漏れた。シンと静まり返った室内に、ピチャリと水音が響く。じんわりと熱を持った頭の片隅では、いけないと分かっているのに、一度火が付いたらどうにも止まらなかった。だって今日は白石にあまり触れていない。白石が、足りない。
「ふ、・・・ぁ」

上顎を舌でなぞると、組み敷いた身体が一際大きく震える。そのまま歯列を順に撫でた所で、流石に息が苦しくなってきたから、舌を甘噛みして唇を離した。ぐったりと身体を弛緩させて、必死に酸素を取り込もうと呼吸する白石。目尻から生理的に出た涙が伝っているのを見て、ついやり過ぎてしまったなんて思いながら拭ってあげようと手を伸ばしたら、その手は白石によって振り払われた。
「離れて・・・。」
明確な拒絶を示す言動に軽くショックを受ける。涙をゴシゴシと手の甲で拭う白石を見つめながら、嫌われたかもしれないと思うと耐えられなくて、覆い被さった体勢のまま白石にぎゅうっと抱き着いた。
「白石・・・。」
「あかん、今日は無理やから。早う離れて、」
白石はもがきながら、掠れた声で言い放った。
「風邪うつるから。せやから、離れて・・・。」
抱き着いたまま、茹だった頭で考える。うつる?白石の風邪が俺に?
「それでも良い、離れたくない。君が足りないんだ・・・。」
「幸村くん・・・。ちょっとの辛抱やさかい。」
白石の指が俺の髪を撫でる。宥めるように動くそれは、平常時ならとても心地良い感触の筈なのに、今は熱のせいで俺の心に焦りしか生まない。
「うつしてよ。」
そうしたら、君も早く良くなるかもしれない。風邪は人にうつせば治るって良く言うだろう?服の上からガブリと肩に歯を立てて、抵抗される前にさらに距離を詰める。足掻こうとしても、狭いベッドの上じゃあ逃げ場は元から無い。
「や・・・、あかん、」
白石の唇にもう一度噛み付くようにキスをする。密着した体も口の中も、火傷しそうな程に熱かった。

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