Be my brother

「おーい、チビ助。お前、今日誕生日なんだって?」
声を掛けられて振り向くと、ラケットを背負ってニヤニヤと笑いながらアイツが立っていた。
「なんで知ってんの?」
「さっき、お前の学校の奴らがコソコソ話してたぜ?」

お前の名前が聞こえたから、気になって盗み聞きしちまったぜ。といってカラカラ笑っている。それって、俺にバラしちゃいけないヤツだったんじゃない?ドッキリ好きの英二先輩と桃先輩がいるし、皆誰か誕生日の時にはサプライズを決行していたから、その計画だったのかもしれないのに。台無しになったかもしれない先輩達の計画を偲ぶ。もしその時が来たら、俺どうリアクションすればいいの。
「アンタ最低。」
「なんでだよ!?ちょっと盗み聞きしただけだろうが。」
「・・・最低。」
「だー、もう!!せっかくプレゼント持ってきてやったのによ!!やらねーぞ!?」
「プレゼント?」
「そーだよ、ほらよ。」

そう言ってゴソゴソとジャージのポケットから取り出したのはPontaの缶。ピッタリと頬に押し付けて渡された缶は、もう温くなってて最悪。ジュース温めるとか、意味分かんない。そして普通に渡してよ。イライラしながら缶を受け取ったけど、ラベルを見てもっとイライラした。
「何でオレンジ味なわけ?俺グレープが好きなんだけど。」
「俺はオレンジが好きなんだよ。」
「プレゼントは普通、相手の好きな物を渡すんじゃないの?」
「くっそ、このチビ助。弟のくせに生意気だぞ!!せっかくお兄様が祝ってやってんだから、文句言わずに素直に受け取れってんだ。」

首に片腕が回されて、頭をグリグリと拳で小突かれる。痛い痛い!!ていうか、兄さん?だからってそれとこれとは別問題。文句を言うのは止められないから!!
「くれるんだったらもっとマシなのにしてよ!!」
「そこまで言うなら仕方ねぇな。・・・俺が試合してやる、特別だ。」
「はぁ?」
「今回は授業じゃなくて、試合をしてやるって言ってんだよ。」
「へぇ・・・。」

温いPontaより、よっぽど有意義じゃん。アンタと試合やってみたかったし。
「やってやろうじゃん。」
「こうこなくちゃな!!お、そーだ。もしお前が勝ったらPonta1週間分、奢ってやるよ。」
「!!」
「その代わり、お前が負けたら俺の言う事聞いてもらうからな!!」
「絶対負けないし!!」

Ponta1週間分で一気にやる気が出た俺は、ラケットを持ってコートでアイツと向き合った。


「納得いかないんだけど。」
「カッカッカ!!そう言うな。負けたお前が悪い!!」

勝負の結果は俺の負け。しかも試合中、この人はずっとヘラヘラ笑ってふざけてて、フォームも打ち方もメチャクチャ。全然真面目に相手してくれなかった。
「ねぇ、真面目に勝負してよ!!」
「やなこった。お前、まだ弱ぇーんだもん。」
ラケットを手でクルクル回して遊びながら、もっと強くなれよ、なんて嫌な笑顔で言われた。ムカつく。真剣になってくれないこの人にも、負けた自分にも。強くなれなんて、そんなの言われなくてもなってやるし!
「さぁて、負けたからには約束を守ってもらおうか?チビ助。」
「げっ・・・。何すればいいのさ。」

絶対この人の事だから、ロクでもない事言い出すに決まってる。顔が俺に嫌がらせする時の親父にそっくりだし。なんで似てんのかは分かんないけど。
「んー、今日一日、俺の事は兄ちゃんって呼ぶ事。」
「は・・・?」
ちょっと引きながら待ち構えていた発言は、完全に俺の予想外。
「それ、アンタに何か得する事あるの?」
「あるっての。お前、弟のくせに全然俺のこと兄ちゃんって呼ばねぇじゃん。たまにはいいだろ?」

さっきから弟、弟って。本当に兄さんだっけ?前にうっすら頭に浮かんだ思い出に出て来た人は、確かにアンタにそっくりだったけどさ。
「意味分かんない。」
「おいおい、チビ助ー。」
勝負も終わったし意味分からないし、もう切り上げようと思って歩き出したら、後ろから情けない声が追いかけてきた。
「なぁ頼む。一回でいいから昔みたいに兄ちゃんって呼んでくれって。俺に一日遅れの誕生日プレゼントをやると思えばいいだろ〜?」
・・・誕生日?一日遅れ?
「誰の誕生日?」
「誰って、俺のだよ。俺、昨日誕生日だったんだ。」
「はぁ!?昨日って。・・・アンタ昨日も会ったけど、何も言わなかったじゃん!!」
「おぅ、俺も忘れてたしな。父さんから連絡来て、今朝思い出したんだぜ?」
「親父が?」
「お前にも今日の夜に電話してくると思うぜ?」

親父何してんの!?いや、それよりも今朝思い出したって事は、この人昨日。
「誰にも祝ってもらえなかったんだ、可哀想・・・。」
「かっ、・・・あぁそうだよ可哀想だよ!!だから可哀想なお兄様の誕生日祝ってくれよ!!」
同情の眼差しで見てたら開き直ったよ。まぁイライラさせられたけど、何だかんだで相手してくれたし、温くて味が違うけどPontaくれたし、祝ってあげようかな。
「おめでとう。」
「ありがとよ。」
「しょうがないから、俺もPonta奢ってあげるよ。」
「っておい、チビ助。試合前の約束!!」

先に自販機のある所に向かって歩き出したら、また後ろから何か言ってるし。うるさいな、忘れてないから。ちゃんと着いて来てよ。今度は途中で止まって、アイツの方を振り返る。さっきまでヘラヘラ笑ってたくせに、今は声と同じで情けない顔で俺の方を見てる。そんなに縋るみたいな目しないでよ。自信満々で笑ってたじゃん。ちょっと離れただけで、なんでそんな顔してんの。いつものアンタなら、俺を弟だって言ってる時点で、一度兄ちゃんになったらずっと兄ちゃんだ、ってくらいの事は言いそうなのに。それくらい強引なくせに。
「似合わないよ。」

そんな顔、アンタには似合わない。車に乗って俺の前からいなくなったあの時も思ったけど、アンタは笑ってる方がずっといいよ。寂しそうな目をするのを、見たくないと思った。俺が呼んでその情けない顔が元に戻るなら、兄ちゃんって言うくらい簡単だし、いくらでも呼んであげてもいいとも思った。
「早く来なよ。・・・・・・兄ちゃん。」
「!!」
「早く来なって!!Ponta奢ってあげないよ!!」
「お、おう!!」

呼んだ途端、さっきまでの顔から一変。嬉しそうな顔をしたと思ったら、全速力でこっちに走って来た。一瞬で立ち直るとか現金過ぎでしょ。喜び過ぎだし!!
「へへへ・・・。な、チビ助。もう一回!!」
「うるさいな。」

まとわりつかれて、大きな犬に懐かれたみたいな気分。そこまで嬉しそうにされると、俺が恥ずかしいじゃん。歩く足を速めるけど、アイツは笑顔のまま遅れずに着いて来て、すごい話しかけてくる。ウザイ。
「言っとくけど、Pontaはグレープしか買わないからね!!」
「いいぜ?俺グレープも好きだしな!!」

鬱陶しくなってきたし邪魔だったから、さっきの仕返しで嫌がらせしようと思って言ったのに、嬉しそうに即答された。・・・オレンジ味を嫌がった俺がガキみたいじゃん!!ちょっと兄ちゃんって呼ぶくらいいいかなって思ってたのに、やっぱやめる。ムカつくこの人!!
(買ったPonta、絶対温めて渡してやる!!)
外の気温に晒されて、すっかり冷やされたオレンジ味のPontaを回収しながら、俺はそう心に誓った。



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