小春さんの好きなタイプ

「おおきにな!!」
「別に・・・。」

満面の笑みでお礼言われた。なんか面と向かって言われると、ちょっと照れる。
(っていうか、さっきの話もよく考えたらなかなか恥ずかしかった気が・・・。)
一気にいたたまれなくなって、俺はそろそろコートに戻ろうかな、と思って立ち上がった。
「俺も、そろそろ小春を探しに行くかー!!」

そう言って、いきなり動いた一氏さんの手が、俺の持ってたPontaの缶に勢いよく当たって、軽く持ってた缶はあっけなく一氏さんの頭に落ちていった。
「あ。」
中身、まだ入ってるのに。そのことに気付いたのは、一氏さんが缶の中身を全部被って、Pontaで頭をびしょびしょにした後だった。
「うわっ!」
「大丈夫っすか、一氏さん。・・・すんません。」
「おん、かまへんけど。でも、あー、バンダナは洗濯やなー。」

一氏さんは付けてたバンダナを外して、濡れた前髪をかきあげた。バンダナを外しただけですごい違和感がある。そういえばいつも付けてるし、ハチマキに穴開けて目まで隠してるから、この人の顔ってよく見たこと無かったかもしれない。珍しい姿に好奇心が沸く。どんな顔してるのか、ちょっと近くで見たい。
「コシマエ?」
目はツリ目で結構大きい。鼻はスッとしてて、唇は厚くもないし薄くもなくて、ちょうどいい感じ。
「ちょ、コシマエ?」
ほっぺたも荒れてる感じはしなくて綺麗。髪の毛もけっこうサラサラで、ちょっと緑かかっててツヤがある。あと、悪ぶってるイメージあったけど、ピアスは開けてないんだ。
「あ、睫毛けっこう長い。」
四天宝寺には白石さんがいるから霞んでるのかもしれないけど、この人も結構カッコいい顔して・・・・・・
「えちぜえぇぇぇぇぇん!!」

いきなり名前を叫ばれて、俺は声のした方を見る。さっき逃げたはずの海堂先輩が、こっちに走って戻ってくるのが見えた。さっきより顔がヤバイ。神尾さんに負けないくらいのスピードで帰ってきた先輩は、すごく焦って俺に向かって怒鳴りだした。
「越前!!おまっ、お前、なにしてんだ!?」
「え?」

何って、一氏さんの観察っすけど。そう返そうとした俺が顔を下に向ける。
(あれ?俺の下に一氏さんがいる?)
観察に熱中し過ぎた俺は、無意識の内に一氏さんの上に乗り上げていた。馬乗りの下敷きになった一氏さんは、動きたくても動けなくなっていたらしい。俺の両手に挟まれた一氏さんの顔は、さっきみたいに真っ赤になっていて、熱で熱かった。この人、真っ赤なの治らないんだけど。しかもまた泣きそうになってる。なんで?
「ユウくん!?」

今度は小春さんが驚いた声をあげて、こっちに走ってくる。小春さんの姿が見えた瞬間、海堂先輩の腕がお腹に回って、強制的に一氏さんの上からどかされた。
「小春!!」
「ユウくん。アンタ、バンダナはどないしてん!?」
「え?ジュースこぼして、びしょびしょになってもうた。」

むくっと起き上がった一氏さんが、Pontaまみれのバンダナを見せると、小春さんは大きなため息をついた。そして持ってたタオルで素早く一氏さんの頭を覆うと、腕を掴んで立ち上がらせた。
「もー、アンタなにしてん。チャームポイントをダメにしたらあかんやろ!!」
「小春、堪忍!!」
「アンタがバンダナ外すっちゅー事は、アタシが眼鏡をコンタクトにするか、跡部くんのホクロが消えてなくなるんと同じくらいの大事件やで!!」
「えぇーー!?いくらなんでも、そこまでやないやろ!?」
「頭までグシャグシャやないの!!はよ乾かさんと、風邪ひいてまうで!!」
「こ、小春。俺のこと心配してくれるん?」
「うーん?アホは風邪ひかんかったわね、そういえば。」
「小春うー!?」

漫才みたいなやりとりをしながら、二人の姿は遠ざかっていく。もうちょっと一氏さんの観察したかったかも。ちょっと残念な気分になって、隣に立つ海堂先輩を見ると、先輩は呆然と二人の後ろ姿を眺めて呟いた。
「あれ、一氏さんだったのか・・・。」
やっぱ意外な顔してたっすよね。いつも隠してるから、顔になんかあるのかと思ってたんだけど。でも面白い顔してたんなら、四天宝寺の人なら敢えて隠さずに笑い取りに来そう。
「なんか小春さんは、バンダナ外すなって強制してる感じだったな。」
あ、俺わかったかも。
「一氏さん!!」
俺の呼びかけに、一氏さんと小春さんが足を止めて振り向いた。
「アンタ、自分で思ってるより小春さんに好かれてるから!!大丈夫だと思うよ!!」

ビックリしてる一氏さんのタオルの隙間から除く顔は、やっぱり別の人に見えたけど。なーんだ。考え方もだったけど、アンタ顔もかっこいいんじゃん!
「ねぇ、また泣きそうになったら俺のところ来てよ。Pontaくらいは奢ってあげるし。」
一氏さんは俺のセリフに返事する間もなく、小春さんにグイグイ腕を引かれて戻っていった。最後に目があった小春さんの目は、眼鏡のせいでよく見えなかったけど、絶対機嫌が悪くなってる。

一氏さんの顔を観察して、分かった事がある。小春さんが気に入って追いかける人に、パーツのひとつひとつがちょっと似てる。ツリ目で濃すぎない顔で、生意気そうで。動物に例えるならネコ。それに、いつもバンダナとかハチマキで顔を隠すようにさせているのが小春さんの仕業なら。
「小春さんの方が独占欲強かったりして。」
なんだかんだでお互い依存してることに気付いた俺は、無駄な心配だったかもって思ったけど。でも、相方泣かしちゃダメなんじゃない?ダブルスに大切なのは、お互いを大事にする事だって、うちのゴールデンペアは言ってたよ。

きっと明日になったら、あの人達は今日のことなんて無かったみたいに同じ事を繰り返す。一氏さんは、絶対に小春さんに何も言わないだろうから。だから、今日あの人が泣いた分は、さっきの俺の言葉で小春さんが不機嫌になった事で充分仕返しになった。関係無い他人に言われて気付くされる方が、小春さんは嫌がりそうだもん。

ざまあみろ、なんて思いながらコートに戻った俺を待ってたのは、お騒がせラブルスから話を聞いてすっげー怒った青学の母だった。こってり絞られてうんざりしたけど、今日はいい話聞けたから、まあいっか。




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