小春さんの好きなタイプ

U-17合宿に来てからの海堂先輩って、本当に可哀想だと思う。
「バンダナくう〜ん」
「うわああああああああ!?来るなあああああああ!!」

全国大会で四天宝寺中の小春さんにロックオンされてしまった海堂先輩は、この合宿所で再会してから、小春さんに見つかるたびに全力で逃げ回る羽目になってる。持ち前の体力で逃げ切るのは成功してるけど(鍛えててよかったね、先輩)さすがに毎日追い回される光景を見てると、先輩にすごく同情する。だからって「じゃあ、お前が代わってくれ」なんて言われたら、全力で断るけど。

今日も「うおおおおおおお」という悲鳴を上げながら、全力疾走で目の前を駆け抜けていった先輩を、Pontaを啜りながら見送る。海堂先輩に逃げられた小春さんは、「あーん、バンダナくんたら。今日もツレないんだからーん!」と芝居くさくその場で体をくねくねさせた後、運悪く通りかかってしまった神尾さんにターゲットを変更して、ハートを撒き散らせながら飛びかかっていった。
「今日も可愛いわね、神尾きゅ〜ん」
「ぎゃあああああああああああああああああ!?」
「待ってーん」
もの凄いスピードで逃げていった神尾さんを追いかけて、小春さんの姿はあっという間に見えなくなった。てゆーか、さっき海堂先輩を追いかけてた頃より、小春さんかなり速く走れてるんですけど。乾先輩のデータによると、IQ200だっけ?すごい頭良いらしいから、わざと追いつかない速度で走って、海堂先輩のリアクション見て楽しんでるのかも。海堂先輩も神尾さんも、からかうと面白いし。さっきの二人の顔も、みんなで怖い話した時、わざと桃先輩が後ろから脅かしたらすっごいビックリして悲鳴あげて・・・。その時と同じ顔してた。
「二人とも、どんまい・・・・・・。」

なんて考えてたら、今度は一氏さんが、半泣きになりながらヨロヨロ走ってきた。間違いなく小春さんを追いかけてきたんだろうけど、とっくに小春さんはここからいなくなっている。周りをきょろきょろ見渡して、小春さんの姿がどこにもないのを確認した一氏さんは、本当に泣きそうになってた。
「小春うー!!どこやあぁぁぁ・・・・・・!!!」

よく飽きないなあって思う。小春さんが毎日誰かを追いかけてるから、必然的に置いて行かれた一氏さんの姿も毎日見ることになった。
「小春浮気かあぁぁぁ!!!」
もうお決まりになっちゃってるよね、このセリフ。ツレない小春さんに振られてるのを見て、たまに可哀想になって慰める人もいたけど、こういう時の一氏さんはホントにデリケートでめんどくさい。うるさいって怒鳴られて、ぎゃーぎゃー騒いで誰彼構わず噛みつかれるから、そっとしといた方がいいんだよね。うっかり声かけたうちの副部長が酷い目にあって、謙也さんが謝った後慰めてた。なんとかできるとしたら、白石さんくらいじゃない?ほっといたら勝手に立ち直って、また騒がしく走ってどこかに行っちゃうんだけど。今日の一氏さんはいつもと違って、その場でうずくまって動かなくなった。なんかグスグス鼻を啜る音が聞こえるんだけど・・・。なに?ホントに泣いてるわけ?
「え、どうしよ。」

誰かいないかなと思って周りを見たけど、もう誰もいないし。みんな休憩を終えて、さっさと打ちに戻ったみたいだ。自販機のそばでゆっくりPontaを飲んでたせいで、俺は啜り泣いてる一氏先輩というどうしようもないのと対峙することになってしまった。
「ええー・・・。」

もう俺がなんとかするしかないじゃん。これがまだ、たこ焼きで釣ったら一発で元気になる遠山だったら楽だったのに。でもいい加減、一氏さんをほっとくわけにもいかなくて、仕方なく俺は座ってたベンチから腰を上げた。そして自販機でPontaをもう1本買い、うずくまる一氏さんの頭の上に、Pontaをそっとくっつけてあげた。
「!?」
ガバッと顔を上げる一氏さんの顔は、やっぱり泣いててグシャグシャだった。
「ちーっす。」

俺の登場が予想外だったのか、一氏さんはビックリして目を見開いて固まってる。まあ、当たり前だよね。あんまり絡んだことないし。でもくっつけてたPontaを、頭の上から目の前に差し出してあげたら「おおきに・・・」と素直に受け取ってくれた。俺はそのまま一氏先輩の隣に座って、持ったままだった自分のPontaをゆっくり飲んだ。
「コシマエ・・・?」
「え・・・?」
「毎日毎日、浮気されてんじゃん。小春さんは冷たく当たるし。それでもまだ小春さんを追いかけるの?」

ホントはPontaをあげたら、元気だしなよ、とでも言ってコートに戻るつもりだったんだけど。名前を間違われたらイラっとして(コシマエって。絶対、遠山のせいだ。)いつも思っていたことを喋ってしまった。一途に慕ってくる一氏さんに対して、小春さんは俺が見る限りでは結構厳しい当たり方をしてると思う。近寄るなとか、普通に言ってる時とかあったし。俺だったら「こっち来るな」って言われたら「あっそ、じゃあ行かない。」で終わるけど。
「アンタのこと、よくわかんないんだよね。毎日毎日、飽きもしないで小春さんを追いかけて、でも追いついたら冷たくされるのを繰り返して。俺は同じことされたら、アンタみたいに追いかけようなんて思わないんだけど。」
「!?小春は冷たい奴なんかやない!!」
「でも今、泣いてるじゃん。キツイんでしょ?ホントは。」
「うっ・・・。な、泣いてないわ!!汗や、これは!!」
「ウソじゃん。」

ようやく喋ったと思ったら、一氏さんの口から出てきたのは小春さんを庇う言葉で。自分を泣かした張本人を、どうして庇うわけ?ちょっと呆れて、横目で一氏さんをちらっと見ると、俺に指摘されて自分が泣いていたのを思い出したのか、慌ててジャージの袖で顔をごしごし拭いていた。その後、真っ赤になった目で俺に向き直る。
「小春は冷たい奴やない!!優しくて気配りができて、そこら辺の奴よりよっぽど頭も良くて、一緒におってもほんまにオモロくて!!そら、確かに冷たい時もあるけど。」
「けど、何をされても、何を言われても、俺は小春が好きやねん!!小春の良い所も悪いところも、俺はずっと一緒におったからよう分かっとる!!でも、その全部をひっくるめて、俺は小春が好きやって言うとるんや!!誰に何を言われても、この気持ちだけは絶対に変わらへん!!どんなに小春がツレなくても、例え俺のことを見てなくても、俺が小春を好きである限り、俺は諦めんで追いかけ続けるで!!」

真っ赤な顔で怒鳴りながら、一氏さんはボロボロ泣いた。俺を見つめる一氏さんの瞳は、放った言葉とおんなじで、真っ直ぐに俺を射抜いている。
「お前は無理やって思ったら諦めるんか?向かって行って一度ダメやっただけで、もうあかんって諦めるんか?テニスでも、お前は同じように諦めるんか!?」
「え・・・?」
「恋愛もテニスも一緒や!!毎日同じような練習でも、皆飽きずに弱音をはかんと頑張りよるやろ。ここにはどうしても勝てん相手もぎょうさんおって、でもそいつに勝てへんからって諦めるような奴が、一人でもここにおるか!?」
「!!」
「しんどくても、思うようにいかんくても、自分の目標のために必死に走るやろ!?負けて悔しい思いして、そこで終わった奴ならここには来てへんはずや!!次は勝つって踏ん張って立って、それでまた一からスタートすんねん。お前やって、そうやってここまで来たんやろ?。」
「一氏さん・・・。」
「お前、俺がテニスって言った瞬間から、そんなん当たり前やろ、簡単に諦めんわって顔になっとるけど、お前がテニスでやっとることは、俺にとっては恋愛も同じように当てはまっとんねん。せやから簡単に俺は諦めんし、しんどくても負けへんで!!それに小春は照れとるだけで、普段はめっちゃ優しいんや。せやから、押して押して押しまくっとれば、絶対に振り向いてくれるはずやねん!!そうなったら、諦めんかった俺の勝ちや!!俺は絶対に勝つでぇ、小春に!!」

勝ったもん勝ちやからな!!なんて話す一氏さんの顔は、もう泣いてはいなかった。いきなり恋愛論を話し始めた時はどうしようとか思ったけど、言われたことはちょっと納得した。だって俺も、部長に勝てなかった時も、幸村さんに五感奪われた時も、徳川さんに全然敵わなかった時も、崖の上でわけわかんない練習してた時も、どれもホントにキツかったけど、テニスやめたいとかもう嫌だって思ったことない。だってテニスって楽しいじゃん。理由なんて、それで十分。あと勝ちたい相手がいるからね。だから俺はテニスを続けるよ。これに当てはめるなら、一氏さんは恋愛が楽しいんだ。勝ちたい相手が小春さんだから。ふーん、こんな考えもあるんだ。
「アンタの言うこと、ちょっとわかりやすかったかも。確かにテニスで考えたら、アンタのやってることスゴイと思ったよ。俺は恋愛の事よくわかんないけど。・・・ま、ガンバって。」
「おうっ!!」
元気になった一氏さんはさっきよりもずっといい顔をしてて、俺はこの人をほっといて帰らずによかったかも、ってちょっと思った。



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