とっておきサプライズ

「3月5日まであと5日か・・・。」

新しい月に変わったカレンダーの日付を見て、俺は静かに溜め息をついた。その日は俺にとって、幸村くんの誕生日っちゅうめっちゃ重要なイベントがある。 大事な大事な恋人の誕生日やから、普段会えへん分せめて喜ぶような事をしてやりたい。プレゼントはもうずっと前から用意してあって、俺の家の机の上で幸村くんの元に送られるのを、今か今かと待っている。水色の包装紙で、キレイにラッピングされたプレゼントの中身は、本屋で買うたフランスの詩集。前にそれとなくリサーチした時、この本が好きやって言うてたからこれにした。そして本と一緒に買うたメッセージカードには、できるだけ丁寧な字で「誕生日おめでとう」と書いた。

ここまでしてるんやったら、さっさと送ったればええやん、とは思うんやけど。
「何か、地味やんなぁ・・・。」
これだけやと足りてない感じがするし、何より派手さに欠ける。俺の嫌いな無駄は無いけど、サプライズに入れ込む物で無駄なもんて無いよな?そんな考えがずっと頭の中をグルグル回ってて、どうしようか迷ってる内に気付けば3月に突入してもうた。ええ加減送らんと、誕生日に間に合わへん。せやけどこれやと俺が満足出来へん。
(ほんまにどないしよ。)
考えても考えても、ちっとも良いアイデアが浮かんでこおへん。自分の頭の乏しさに、ここん所ウンザリする毎日や。今日も学校から帰路に着きながら、もう何度目か分からん溜め息をついた。吐いた息は外気に晒された途端、熱気を失って冷たい風に混ざって流れていく。3月に入った言うても、2月が終わったばかりの外はまだまだ寒くて、防寒せな身体はどんどん冷えていく。まだ手が悴む程寒いけど、それでも1月よりかは暖かくはなってきているらしい。
(春が近いんやな。)

途中で通った公園で、梅の花が小さな蕾を付けているのを見て、冷えた手を擦りながらそう思った。春になって暖かくなったら、今よりももっと咲く花が増える。そうなれば、花が好きな幸村くんはきっと喜ぶやろうな。
「ん?花・・・。好き?あー、」

なんでこれが頭から吹っ飛んでたんやろ。幸村くんの好きな物。テニス、焼き魚、詩集、画集、水彩画。ここにばっかり意識が行ってた。率先して美化委員になったり、花壇を作ったり、合宿に鉢植え持ち込むくらいに花が好きなんやから、花をプレゼントしたらええんちゃう?
「せやけど、花ってどこで調達するん?」
今の時間やったら、デパートとか開いてるよな。せやけどデパートで見かける花は大体鉢植えで、送るとしたら重くなるやろし、それに何の花送ればええのか分からへん。せっかく浮かんだ案やのに、また詰まってしもた。ガッカリしながら歩いてたら、そこにまた冷たい風が吹き付けてきた。
「寒っ!!・・・ん?」
冷たさと一緒に、僅かに柔らかい香りが漂ってくる。この香り、入学式とか卒業式で嗅いだ事あるような・・・。辺りを見回すと、香りの出処はすぐに分かった。俺の立っている所から大して離れてへん場所に小さな花屋が建ってて、入口の周りにぎょうさん花が飾られてた。
「な、なんちゅうグッドタイミング。」

花の事思い浮かべた途端、花屋を見つけるとかタイムリーやな!けど、こんな所に花屋なんて建ってたっけ?近付いてよう見てみると、外装が真新しい。どうやら最近出来たばかりらしいその店の前には、スタンドの上に数種類のアレジメントがディスプレイされてて、大小様々な花達がそれぞれ活けてあった。
「めっちゃキレイや・・・。」
並べてあんのは、ほとんどが赤とピンクを主体にした大きめのアレジメントで、下に貼られてるポップには、どれも「卒業祝い用」と書かれていた。
(卒業祝いにこんな花送ってくれはる人がおるんや・・・。)
自分も今年卒業する癖に、そんな他人事みたいに考えながら、スタンドの端から端まで視線を巡らせた。その中の一つの花束が、ふと俺の目に止まる。ミニバラとガーベラを主体にした花束は、赤、オレンジ、黄色のグラデーションで彩られてて、ワンポイントで入れられた白いカスミ草が、主役の花の明るい色を引き立てている。卒業祝い用に誂えられた花束の中でそれだけ、ポップにこう書かれていた。
「お誕生日祝いにどうぞ?」
「いらっしゃいませ。」
ポップに書かれていた内容を読んだ所で、声を掛けられる。いつの間にか店員らしい年配のオバちゃんが、ニコニコしながら俺の方を見ていた。
「お祝いのお花を探してはるんですか?」
「あ、えっと、・・・そうです。」
いきなり話し掛けられて、しどろもどろになりつつも何とか返事をする。
「誕生日用に。」
「お誕生日なんですか、ええですね〜。家族の方にですか?」
「いや、友達に。」
(ほんまは恋人に贈るんやけどな、ははは・・・。)
嘘付いてごめんなオバちゃん。心の中で一応謝っといた。贈る相手との関係性と、人の良さそうなオバちゃん相手に嘘付くんは罪悪感がものすごかったけど、ここはしゃあないと割り切る事にする。幸村くんへのプレゼントを、さっきの花束を見てここで決めたいと思ったから、無難に話をしたいねん。
「あ、5日までに神奈川に送る事って出来ます?」
「うちは全国発送も承ってますから大丈夫ですよ。ちょっと遠いけど、日にちはまだあるから余裕やで?神奈川かー。お友達、えらい遠い所に住んではるんやねぇ・・・。あ。で、花はどんな感じにしましょうか?さっきここら辺ジッと見とったけど、なんか気に入ったんありました?」
「これが気になってるんですけど。」

さっきのミニバラとガーベラのアレジメントを指差す。これが気になってた理由が今分かった。赤、オレンジ、黄色の色合いが立海を彷彿とさせるんや。さすがに黒色は差し入れられへんけど、ピンクにするよりも黄色主体の方が、幸村くんは喜んでくれそうな気ぃする。
「んー、これ生花で作ってあるんやけど、遠方に送るんなら萎れるかもしれへんから、同じのを造花で作り直すんがうちのオススメやけど。それでもええですか?花の香りは無くなってしまうけど。」
「じゃあ、それでええです。細かいとこはお任せします。」
「はい。じゃあ1回組んでみましょうか。」

オバちゃんはそう言うて足早に店内に入ると、奥の方にストックしてあった造花の中から、ヒョイヒョイと花を取り出し始めた。俺も後を追って中に入る。中は外にある物より、もっと大きなアレジメントや花束がズラリと並んでて、めちゃめちゃ豪勢に見えた。生花を保管するための小さな温室や、ブライダル用の可愛さ重視のアレジメント、青々した観葉植物。全部見るのに、目が追いつかへん。
「はい。こんな感じでどうですか?」

差し出された花束は、さっき俺が選んだのとほぼ同じ花で組んであって、ちょっとアレンジもしてあった。生花と大して変わらない美しい出来栄えに、造花でもここまでキレイにできるもんなんやなと感心する。
「これ、トルコキキョウや。」
「よう知ってはりますね〜。赤系の色が強過ぎるかなって思たから、うちの独断で白い花入れたんやけど。大丈夫でした?」
「全然 大丈夫です。」
「それとお誕生日用なら、こんな感じで飾りも付けれますけど。」
オバちゃんは、今度はカウンターの脇に一纏めにされていた飾り用のバルーンを見せてくれた。カラフルなバルーンは、バリエーションも豊かで見てて楽しい。
「Congrats、for you、anniversary、」
ハート形だったり丸かったり。風船に書かれてる文字を読み上げながら吟味する。この星形のは謙也が好きそうやな。キャラクターの形したこれは、ちょっと子供っぽ過ぎる。シャンパンがプリントされたこれは花に合うてへん。
「I love you、」
赤いハート形のこれは今回は無し。ユウジやったら気にせんと、小春に喜々として贈りそうやけども。

俺はロウソク形の水色のバルーンを手に取った。表面にHappy birthdayと書かれたそれは、地味過ぎず可愛過ぎないデザインで、これなら男子に贈っても問題なさそうや。
「それにします?ええですよね、それ人気なんですよ。」
一個だけやと寂しいから、一緒にこれよりもサイズの小さなバルーンも飾りに入れてもらった。俺が選んでる間に、仕事の早いオバちゃんはもう容器に花を生け終わってて、後はバルーンを挿すだけで完成や。出来上がったアレジメントは、想像してたよりもめっちゃ豪華な出来になった。
「めっちゃ合ってますね。スゴイな、花でこんな風にできるんやって知らんかった。」
「そう言って貰えるんやったら、こっちも頑張った甲斐あったわ〜。」

ひと仕事終えたオバちゃんは、うんうんと満足そうに頷いてる。花を送ろうって考えてから見つけたんが、この店で良かったと思った。どんな風にしようかとか全然考えてへんかったのに、この人はあっちゅう間に、俺の想像以上のクオリティで花束を作ってくれた。
「ほんまにありがとうございます。俺、こういうの分からへんから、正直どないしようて思てたんです。」
「お礼言われる程の事してへんよ。仕事やし、何より好きな物取り扱ってるんやし、張り切ってしまうわ。」
「花が好きなんですか?」
「そりゃもう、大好きやで。うちな、昔から花屋になりたかってん。綺麗やし好きっちゅうのもあったけど、他にも花って見る人を癒してくれるし、香りは心を落ち着かせてくれるし。それにな、誰かに花を贈りたいって来る人は、皆ええ顔してんねんで?自分みたいにな。」
「え?」
「見てたら分かりますわ。一生懸命考えて選んで、出来上がったら嬉しそうな顔して。大事な人に贈りなはるんやろ?」
「・・・・・・まぁ、はい。」
「ええなぁ。友達でも家族でも好きな人でも、大事な人がおるっちゅうんは幸せな事なんやで?その人の事考えるだけで、今日も頑張ろうって元気出てくるし、誰かのために何かしたいて思えるのって、めっちゃ素敵やんな。うちが花屋になったんはな、そういう人が大勢ここに来てくれるからなんやで。せやから、僕みたいな子に花貰える人は幸せや。それになんや初々しいし、癒されたわ〜。」

そう言うてオバちゃんは、フフフと上品に笑う。
「僕かっこええし、特別にオバちゃんこれまけといたる。」
「え!?そんなんええです!!」
「ええて。子供にお金出させる程困ってへんし。うちが勝手にやる事やさかい、気にせんとき。」
こうしてオバちゃんの好意により、ポップに書かれてた金額より大幅に安くした額で花を送ってもらえる事になった。最初から最後までほぼ任せきりにしたのに、さらにまけてもらうなんて申し訳なさ過ぎる。
「ほんま何から何まですんません・・・。そんで、よろしゅうお願いします。」

店の前で何回もお辞儀をした後、元気なオバちゃんに見送られて俺は花屋を後にした。プレゼントを詩集だけで妥協せずに良かったかもしれへん。あの花屋に行ったおかげで、今めっちゃええ気分や。
(あの人の花屋やっとる理由、素敵やったな。)
確かに、俺も幸村くんの事考えるだけで元気出てくるし、幸村くんがあっちで頑張ってるんやって思ったら、負けへんように頑張ろうって思える。大事にしてくれてるのが分かるから、俺も大事にしてやりたい。離れてても大事に想ってる、その気持ちが、今日作ってもろたあのキレイで豪華な花達を通して、幸村くんに伝わるとええ。

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