紳士的見聞録

夕暮れになり、周囲が暗くなる時間帯になった頃。窓から差し込む明かりを頼りに読書していた私、柳生比呂士は、もうこんな時間になってしまったのかと、持っていた小説を静かに閉じました。周囲を見回すと見えたのは、うつらうつらと眠りの世界に誘われようとしている仁王くん達の姿。

幸村くんの「宿題を片付けよう。」という提案で、柳くんのお家で勉強会をする事となった今年の夏休みには、春から立海に来た白石くんと不二くんも参加したおかげで、大層賑やかなものとなりました。勉強会とは言いましたが、テニス部のメンバーが揃ったのならば、やる事は最早一つ。皆早々にノートとペンを手放し、代わりにちゃっかり持って来ていた(私もですが)ラケットバッグを担ぎ上げ、近場のテニスコートへと足を運んだのでした。

加減を失くした我らが三強にしごかれて、ヘトヘトになってからの帰りの電車内。疲労した身体に冷房の風が気持ち良く、時間帯も踏まえて考えれば、眠くなってしまうのは当然と言えるでしょう。降りる駅はまだまだ先。寝過ごしてしまう可能性も考えましたが、やはり疲れが出ているので、私も寝てしまいましょうか。と、そう考えた矢先の事。
「おや。」

トン、と軽い音と共に肩に重みが掛かったので、ゆっくりとそちらに視線を移してみれば、白石くんが私の肩を枕にしてすやすやと寝息をたてていました。そういえば彼は今日一日、幸村くんと不二くんとの対戦をこなし、切原くんの面倒を見ながら、仁王くんの悪ふざけにも付き合っていましたね。改めて思い出すと、ハードなスケジュールでした。しかし、それに終始笑顔で付き合って下さるとは、なんとお優しい。さぞお疲れでしょうに。これは是非とも、ゆっくりと寝かせて差し上げたい所。私の肩でよろしければ、いくらでもお貸ししましょう。降りる駅が近付きましたら、この柳生が起こして差し上げますのでご安心下さい。

謎の使命感に燃えて眠るのを取り止めた私は、横目でチラッと白石くんを観察してみました。近くでまじまじと見た事はありませんでしたが、整ったお顔をしていらっしゃる。街を歩けば女性が振り返り、誠実で穏やかな態度は同性からも人気を得ていて、加えて成績も素行も悪くない。テニスだけでなく人間性ですら完璧、そんな彼のハートを射止めたのは、美しい女性ではなく何故か幸村くんでした。

切っ掛けはいつどこで起こったのか。詳しい理由は知りませんが、気が付いたら幸村くんの隣には、いつも白石くんが寄り添うようになっていました。そうなったのは、中学三年生の冬の合宿所内での事。
「俺達、付き合う事にしたんだ。」
と、本人達の口から告げられた時は、流石に声を上げて驚いてしまいましたが、今となっては面白い思い出になっています。

彼と付き合うようになってから、時折影を差していた幸村くんに笑顔が増えました。試合中でも頑なだった意思が、幾分か穏やかになりました。奪う事が多かった幸村くんが、白石くんの為に何かを与えようと努力している姿を見ました。小さな点でも大きな点でも、幸村くんは変わりました。白石くんのお蔭で良い方向に。

二人を見て、その関係性に否定的な口出しをする者は、私達の中では誰一人として存在しません。幸村くんが幸せそうに日々を過ごしている。幸村くんが選んだ人が、同じように幸村くんを受け入れている。それだけで良いのです。神の子の判断に、間違い等無いのですから。・・・物々しい言い方になりましたが、つまり。白石くん程の人格者が相手ならば、安心して任せられると判断したのと、初恋を実らせて嬉しそうな幸村くんが微笑ましいので、ただただ見守りたいだけなのです。

ガタンガタンと揺れる電車に釣られて、肩に乗る頭が少しずり下がったのが分かりました。揺れた拍子に前髪が目に掛かるのを見て、邪魔そうなので上げて差し上げようと手を伸ばしましたが、指が触れる前に私から離れていく白石くん。起きてしまった彼が、自ら身を起こしたのではありません。白石くんの隣に座っていた幸村くんが、自分の方に白石くんの肩を抱いて引き寄せたのです。
「ごめんね、柳生。重かっただろう?」

そう小声で話す幸村くんに、とんでもないと首を振って返事をする。私だって鍛えているのです。大して自分と体格差のない相手に寄りかかられた所で、苦痛を感じる事はありませんとも。それにしても、幸村くんはなかなか大胆ですね。混雑とはいきませんが、今この車両には結構人が乗っていますよ?その中で堂々と独占欲を発揮しますか。流石幸村くん、白石くんを覗き込む顔も近いです。ここまで開き直られると、最早感服致します。

チラチラと少数からの視線を受けて、それに気付いているでしょうに、幸村くんは自分の肩で眠る白石くんを満足そうに見つめるばかりで、周囲など気にする様子もありません。こういう所が、以前よりも変わった所ですね。テニスと絵画、花以外に夢中になる神の子。初めて見ます。とても興味深い。
「リア充め・・・。爆発すればええんじゃ。」

いつの間にか目を覚ましていたらしい仁王くんが、ボソリと呟くのを聞いて、成程。と理解。たまに聞く「リア充爆発しろ。」とは、この様な時に使用するのですね。また一つ勉強になりました。私の向かいに座って一部始終を目撃していたらしい、可愛らしい女子生徒が恥ずかしそうに私達から視線を逸らしたのを確認して、私はこの二人に充てられる被害者がこれ以上増えませんようにと、ささやかながら祈りを込める事にしたのでした。

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