夏の特権

ジリジリと照りつける太陽。風もない真夏の日。休日練習中の立海のコートでは、その暑さに耐え切れなくなった生徒が各々休憩に入っていた。この日ばかりは流石に俺も、いつも羽織っているジャージを肩から下ろして練習していた。ダラダラと流れる汗を手の甲で拭う。さっきから汗がすごくて、ヘアバンドまで湿って気持ち悪い。相手になってくれている不二も、風が無いせいで思うように打てないみたいだ。今日はもう練習を切り上げてしまおうか。そう考えた所で、不意に視界が歪む。
「えっ・・・?」
ぼやけた視界は一瞬で元に戻ったけれど、反応が遅れたせいで取り損ねたボールが、俺の後方で跳ねた。
「幸村?」
俺のらしくないミスを不審に思った不二が声を上げる。
「あ、あぁ。ごめん。」

軽く謝ってボールを取りに行こうと振り向くと、後ろには白石がいつの間にか立っていた。何故か、とても苦い顔で。白石はボールを拾うと、そのまま俺の手を取り、コートの外へ連れ出した。
「自分、さっき目眩しとったやろ。」
俺を木陰に引っ張って来た白石は、強引に俺を地面に座らせた。
「手、ちょっと冷たくなっとる。こんな暑いのに。」

渡されたスポーツドリンクを大人しく飲んだのを確認した白石は、今度は俺を横に寝かせた。後頭部に感じる白石の太腿の感触に、思わず体を起こしそうになったけれど、それよりも早くクーラーボックスから取り出した保冷剤が、タオルに包んだ状態で首と脇の下に差し込まれて動けなくなった。
「堪忍な。保健室開いてへんくて、こんなんしか出来へん。今の時期は熱中症多いから、無理せんと休憩取らなあかんで。」

白石はバインダーで俺をパタパタと扇いでいる。見覚えのあるそれは、いつも柳が使っている物だ。
「気分はどうだ?精市。お前のおかげで、白石からバインダーを取られてしまった。」
「柳くん、今日はもう練習しまいにした方がええで。…あと何人か、不調そうな子おる。」
「流石によく見ているな。分かった、弦一郎にも伝えておこう。後は任せてくれ。」
扇ぐ手は止めずに、もう片方の白石の手が俺の前髪をかき上げる。保冷剤を扱ったせいで、未だに低いままの体温が心地良い。
「ごめんね、白石。」
「そこはおおきにっちゅう所やろ。」
「ふふ、そうだね。ありがとう。・・・ねぇ、あともう少し、このままでいてもいいかい?」
「ええで、寝とき。」

部長として情けない姿を見せてしまった。熱中症か・・・。油断してたよ、今度から気を付けよう。あぁ、でも今のこの状況。
(なんて役得?)
目を閉じると、額に触れている手の冷たさと太腿の感触がより鮮明に感じられる。もう少しこの感触を堪能していたい。本当に後少しだけでいいから。気分は悪いけど、別の意味では最高だった。白石がこんなに甲斐甲斐しく介抱してくれているのに悪いんだけど、俺の熱はまだまだ引きそうにない。

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