いつか見た夢の続き

懐かしい夢を見ている。中学の頃に見た、白くて、淡くて、そしてとても美しい夢。どこまでも終わりなく広がる白い花の海は、俺が目を開けると同時にまるで歓迎するかのように風で花弁を舞い上がらせた。優しい香りと幻想的な光景に、思い出の中で交わした約束を思い出す。彼はここにいるだろうか。

目的の人物は、さして距離の離れていない所にいた。白い髪に白い花を絡ませている所は、昔と全然変わっていない。変わらな過ぎていた。髪の長さも、着ている服も、纏う雰囲気すら変化が無い。あぁ、そうか。ずっとここで待っててくれたんだ。約束したのは、もう随分前の事なのに。
「白石。」

座り込んだ後ろ姿に静かに声を掛けると、手元の花を撫でていた手が、俺の声に反応して動きを止めた。包帯を巻いた左手が懐かしい。だってもう包帯なんて、君はとっくの昔に巻くのをやめたから。俺の思っていたとおり、ゆっくりと振り向いた君の顔はあどけなくて、中学の頃のままで。俺が夢でもここに来なかったから、この世界の白石は中学の頃のままで時を止めていた。
「約束を守りに来たよ。」
そう告げると、目の前の顔がくしゃりと歪んだ。
「忘れてると思ってた。」
「忘れてないよ。ただ、ここに来られなかっただけ。」
しゃがみこんで、白石の細くなった身体をギュッと抱き締める。
「忘れるわけないじゃないか。他でもない、君の事なのに。」
「幸村くん・・・。」
「白石、待たせてごめん。迎えに来たよ。」

遠い昔に見た綺麗な夢。その中で交わした大事な約束を実現させたくて、頑張ってここまで走ってきたけれど、肝心のこの夢はそれっきり見れずじまい。中学を卒業して高校に入学して、大学を出て就職してからも会えなかった。夢の中の白石に。
「覚えてる?一緒に並んで、花吹雪を見たよね。それで君の髪に花が絡まって、取ろうとしたけれどグシャグシャになって。君が仕返しにって俺に花弁をかけてきてさ。…綺麗だって。君が、花嫁みたいだねって笑っててさ。」
「君の事を忘れた事なんて無いよ。なれるものならなりたい、って言ってくれて嬉しかったんだ。君も俺と一緒にいたいって思ってくれてるんだって。」
だから夢を。願いを叶えるために、努力に努力を重ねて。やっと君に、それでも良いって受け入れて貰えた。随分長い時間がかかって、俺も白石も大人になって、約束した中学の頃とはだいぶ変わった所もあるけれど。
「現実の白石だけ連れて行って、夢の中の君を置いていくなんて出来ないんだ。」
どちらも俺の愛している白石に変わりはないから。
「幸村くんは阿呆や。俺なんかの為に、ここまで。」
「君だからだよ。」
「俺の言うた事なんて、忘れて生きても良かったんに。」
「でも君は忘れないんだろう?」

俺が忘れれば、夢は永遠に叶わなくなる。そうしたら白石はきっと、捨てきれない約束を一人で抱えて、孤独に打ち震えながら泣くんだ。誰もいないこの世界で。
「これからも、ずっと俺と一緒にいて欲しい。どんな時でも、何があっても、絶対に幸せにするって誓うから。」
もう辛い思いなんかさせない。不安にもさせない。悲しくて涙が溢れた時は、俺が全部拭い去ってあげる。
「君を連れて行かせて。ここはとても綺麗だけれど、とても寂しいよ。」

あの時のように、白石の手を恭しく取る。前は諦めた顔で夢みたいな事を言うなと怒られたけれど、今は違う。
「幸村くんには、ほんまに敵わんなぁ・・・。現実にちゃんと俺は隣におるのに、俺まで連れてくとかどんだけ欲張りなん?・・・・・・嬉しいやんか。」
「連れてって幸村くん。幸村くんと、俺の未来に。」

風と花が吹雪いて世界が白く染まる。真っ白になった空間で見えるのは、美しく微笑む白石だけで。
「綺麗だね白石。・・・花嫁みたいだ。」
「似合てるかな?」
「うん、とても。」

握った掌に唇を落として強く抱き締めると、同じくらいの力で抱き返された。もう気持ちが伝われば良いと願わなくても良い。願わなくても、俺達の気持ちは同じだって分かるから。
「愛してる・・・。」

白い夢の世界が壊れて消える。この続きは、目が覚めてもずっと続いていく。俺と白石の2人で見る、幸せな夢の続き。

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