掌にキス

目を開けると真っ白な世界の中に立っていた。辺り一面、全て花。俺の足元から広がる花畑はとても大きくて、地平線の向こうまで果てしなく続いていた。周りには花以外何も無い。花の色はどれも真っ白で、雪が積もっているみたいだった。

初めて見る光景に自然と笑顔になる。ここまでの花畑は、現実では到底作ることはできないだろう。俺は理解していた。これは夢だ。だって俺は合宿所のベッドで、さっきいつものように眠りに就いた。寝る前に世話をしていた花の一つがやっと蕾をつけたから、早く咲くといいなぁなんて考えていたせいで、こんな夢を見ているんだろう。その時、ざあっと吹いてきた風がふわりと花びらを巻き上げて、周囲の花が一斉に宙に舞う。壮大な花吹雪を見て、俺は感嘆の溜め息をついた。
「すごい・・・。」

視界を染める色を見て、白石の事を思い浮かべる。 白い色がよく似合う彼がこの場にいたら、きっととても美しかっただろうし、例え夢でも一緒にこの光景を見たかった。
「幸村くん。」

不意に横から声を掛けられた。見ると、地面に座り込んだ白石がこっちを見上げている。あれ?さっきまで誰もいなかったのに。夢だから俺の思った通りになるのかな?便利。ゆっくりと彼の横に腰を下ろして、2人並んで花を見つめる。
「綺麗だね。」
「せやな。」

チラッと視線を向けると、風に吹かれた白石の髪に、無数の花びらが絡んでいた。そういえば、いつだったか白石と2人で、花壇に咲く花をこうやって並んで眺めたことがある。慈しむように花を見つめる白石の事を、綺麗な人だなと思ったんだけれど、その時はまだお互いの事をよく知らなくて、部長同士としか接点もなかったんだっけ。あの時から白石は変わらず美しいままだった。変わった事といえば、俺との関係性くらい。

髪に付いた花をとってあげようと、そっと手を伸ばす。よく似合っているから別にこのままでもいいんだけど、頭を振る仕草をしている所をみると、きっと邪魔なんだろう。だけど髪に手を差し入れた所で、タイミング悪くまた風が吹いてきて、白石の髪にさらに複雑に花びらが絡んでしまった。白石が抗議の声をあげる。
「もう、ボサボサになったやん!!」
お返しや!!と言って白石は、両手で落ちた花びらを集めると、バサバサと俺の頭に振りかけた。さらにぐしゃぐしゃと髪をかき乱される。
「わっ。」
「あはは、お揃いや。」
「もう。」
乱れた髪を整える。頭から次々と花が落ちてきて、一体どれだけ盛ったんだと苦笑した。
「幸村くん、よう似合うとるで。綺麗やなぁ。・・・花嫁さんみたいや。」

確かに今の見た目なら、結婚式でフラワーシャワーで祝福された後の新郎新婦に見えるかもしれない。花が似合うと言われて嬉しいんだけれど、どっちかというと、俺は花婿の方じゃないか?
「俺達の仲なら、花嫁は君の方だろう?」
「俺?」
「そうだよ。白石の方が綺麗だし、似合ってるし。」
「・・・俺は花嫁さんにはなれへんから。」
「俺がどうしてもって言ってもなってくれないの?」

これから先の未来に、どんな時もどんな事があっても、俺の傍には君がいて欲しいと、そう思っているのに。白石の掌を恭しく取ると「夢みたいな事言わんといてや」と怒られた。
「俺かて、なれるもんなら、・・・なりたいわ。」
「じゃあなればいい。夢は願えば叶うんだよ。例え夢の中で言った事でも、君がそう願うなら。俺と君の願いが同じなら、きっと現実にできるよ。」
「待ってて、白石。いつか絶対、迎えに行くから。」

白石の掌に誓うように口付けた後、その身体を強く抱き締める。花と白石の香りに包まれながら、俺の気持ちが少しでも伝われば良いと思って、そっと目を閉じた。

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