手首にキス

なんだか今日は白石がいつもと違って見える。なんでだろう?ベッドの上で寝転んで雑誌を読む白石をジッと観察して、普段との相違点を探す。お風呂上がりだからかな?乾ききってない髪がツヤツヤしてる所とか、温まってて血色の良い肌とか。考えながら深呼吸すると、ふわっと鼻腔に漂う香り。そうだ、匂いだ。すっごく良い匂いがするんだよ、いつもより。離れていても分かる程の香りをもっと近くで感じてみたくて、俺は白石のベッドに潜り込んだ。2人分に増えた重みで、ギシリとベッドが軋む。
「え?」
驚く白石に構わずに、無遠慮にその上に乗り上げて、ズイっと首筋に顔を近づける。
「え・・・、え!?どないしたん!?」

白石は大慌てで雑誌を放って仰向けに向き直ると、のしかかる俺の肩を両手で必死に押し返してきた。・・・邪魔。そして力では俺の方が勝つから、そんな事しても無駄。両手首を掴んで、手を顔の横に押さえ付けるだけで上半身の自由を奪う事に成功した俺は、僅かに身動ぎする白石を無視して目当ての首筋に顔を埋めた。
「っちょ、・・・ま、待って。待って待って幸村くん。」
すん、と静かに鼻で息を吸い込む。やっぱり、すっごく良い匂いがする。どこから出てるんだろう、この匂い。耳の付け根、襟足、項。どこを嗅いでも爽やかな香りが広がって、まるで花みたいだ。
「ゆ、幸村くん。そんな、嗅がんで・・・。」

弱々しく抗議の声を上げて、逃げるように白石は顔を横に向けた。そのおかげでより見えやすくなった首筋は、さっきよりも赤く色付いてて、うっすら汗も掻いていて。・・・甘そうだな、と思った。
「ひっ、」
しっとりとした肌を、舌先でペロリと舐めあげる。突然の温い感触に組み敷いている体はビクッと跳ねた。
「やめ、・・・あっ、」
唇で汗を吸い取りながら、舌で味を確かめるみたいに首筋をつ、となぞっていく。舐めても嗅いでも、甘さの出処がわからない。夢中になって探したけれど見付からなくて、辿り着いた鎖骨にせめてと軽く歯を立ててから顔を離す。結局、甘い味なんてしなかった。
「ゆき、むら、くん・・・・・!!」

顔を離した途端、組み敷かれたままの白石が顔を真っ赤にして俺を睨みつけてきた。あ、怒らせたかな。足でシーツを蹴って必死に俺から距離を取ろうとしたのを、両足の間に膝を入れ込んでそれを阻止する。正直、まだ嗅ぎ足りないんだよ。膝に力を入れてぐいっと押し上げると、白石から悲鳴のような声が上がる。と、そこで膝に感じる違和感に気付いた。
「白石。」
「っ、・・・・・・」

半泣きになってシーツに顔を埋める姿を見て、ちょっと申し訳ない気分になる。本当にただ匂いが気になっただけで、他意なんて無かったんだけどな。 「そういえば、首筋弱かったね。」
「待ってって言うたのに・・・。」
「ゴメンね?・・・責任は取ってあげるから。」

赤く色付いた肌に荒い息。少し乱れた前髪から覗く目は潤んでいて、加えてこの癖になりそうな香り。本当に他意は無かったんだよ、さっきまではね。けれど、こんな白石を前にして何もしないなんて無理だし、勿体無いよね?せっかくこんなに美味しそうになったんだから、香り以外も存分に堪能してしまおう。白石も恥ずかしがっているだけで、きっと怒ってない。

押さえ付けていた手を離してやると、強く押さえていたからか、手首に痕が出来ていた。謝りながら、その痕に何度も唇を落とす。強く吸い付くと、白石の長い指が震えた。
「んっ。ちょっと、痕残るから・・・」
「あ、もう残っちゃった。」
「は!?な、そない目立つ所に、」
付けちゃったものは仕方ない。抑えが効かなかったんだよ、許して。
「俺にも付けていいから。」

機嫌を取るために、今度は唇に軽くキスをする。強請るように視線を送ったら、白石は折れた。
「・・・・・・あー、もう!!幸村くんの阿呆!!」
そう言って観念して体から力を抜く白石の手首に、今度はお礼の意味を込めて、もう一度キスをした。

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