唇にキス

誰かの存在が、たまにモヤモヤする時がある。主に幸村くんが関わった、その相手に対してなんやけど。
そりゃあな、真田くんは幼馴染やし、柳くんも立海3強て言われてる内の一人やし。柳生くんは紳士やから優しいし、丸井くんも切原くんも人懐っこい性格してるから距離が近なるんは分かる。仁王くんの態度が馴れ馴れしいんも、桑原くんが世話焼きたがるんも分かる。ちゅーか、立海の皆は全体的にしゃあない。

不二くんも、俺とは違う方向で幸村くんと波長合うてるから、多少は目を瞑る。越前くんは全国大会で幸村くんを変えた人やし、他校でも後輩て可愛ええもんやから、度々関わりたくなるんも分かる。せやから、幸村くんが真田くんを全力で信頼しとるのも、柳くんに何か相談に乗って貰てる時も、柳生くんと雪の降る日にナチュラルに相合傘したのも、丸井くんと切原くんに抱きつかれてじゃれてるのを見た時も、仁王くんと肩組んで談笑しとった時も、桑原くんに笑ってお礼言うてた時も、不二くんと一緒に俺がついて行けん会話しとる時も、越前くんの頭撫でたりしとるのも、全部全部俺が気にしないようにしたらええ話しなんやけど。・・・そう思っても、やっぱり気になってまうわ。俺の知らん幸村くんの姿を見せ付けられるんが、悲しくて、悔しくて、羨ましい。

今日は観月くんに聖ルドルフに勧誘されとるのを見た。気品ある立ち振る舞いが観月くんのお気に召したんやって。幸村くんは、いつもやったら興味無い話なんて速攻で切るのに、今日は随分と穏やかに談笑しとった。見ている内に耐え切れへんくなって、俺は走って自室に戻る。

正直に言うと妬いてる。幾つかは俺もして貰てるはずなのに、同じ事を他人にされてるのを見ると心が痛い。触るのも近い距離に置くのも、俺だけにすればええやん。他なんか見なくても、俺がおれば別にええんとちゃう?出て来た考えに悲しくなる。なんて醜い考えをしてもうてるんやろ。皆めっちゃ良い人やのに。幸村くんかて、そういうつもり無いって事は分かってるし、ちゃんと俺の事も見てくれてるって知ってる。今やって俺を追いかけて部屋まで来てくれた。めっちゃ嬉しいのに、さっきのモヤモヤが尾を引いてるせいで心は晴れない。

俺を見る幸村くんの目は どこまでも澄み切っとって、心の奥まで見透かそうとしとるみたいやった。嫌や、今は見んといて欲しい。こんな醜い俺なんて。手で押して距離を取ろうとしたら、その手をがっちりと掴まれる。幸村くんは、見てるこっちが可哀想になるくらい悲しそうな顔をしとった。
「酷い顔をしてる。・・・どうして?俺のせい?」
そんなん聞かれても言えへんて。幸村くんは何も悪ない。「自分が誰かと話してるだけてキツイから、俺しか見んといて欲しい」なんて。こんな俺の一方的な我が儘、言える訳無いやろ。
言える訳無い筈なのに、俺のモヤモヤは言葉になって、勝手に俺の口から滑るように出て行った。幸村くんの表情が、悲しみから驚きに変わる。ああ、もう最悪や。自己嫌悪で泣きそうになっとったら、幸村くんの唇が俺の唇に触れた。掠る様に触れたソレは、すぐに離れてしもたけど。
「白石しか見てないよ・・・。こんな事したいって思うくらい好きなのは、本当に君だけ。」

密着して息のかかる距離でこう言われて、さっきまであったモヤモヤが溶けるように消えていく。なんて現金なんや、俺。自分で自分に呆れてまうわ。よく幸村くんは俺にかっこええって言うてくれるけど、今の俺はほんまにカッコ悪い。だって今、めっちゃ嬉しいと思ってしもてる。幸村くんにここまで想って貰えるんは、きっと俺だけやもんな、なんて。仲間に優越感抱くとか、こんな醜い感情いらんのに。

誰かの存在にモヤモヤするんは、幸村くんのせいやない。俺が気にしないようにしたらええだけの事なんやけど。せやけど、これからも気にし続けるんやと思う。心が痛なるんも、自己嫌悪に陥るのも嫌なんやけど。それ以上に俺は幸村くんの事が・・・。
「幸村くん、好き。めっちゃ好きや」

唇に触れる柔らかい感触に、心が満たされていくのを感じる。このまま悲しさも悔しさも羨ましさも、全部キレイに消えてくれたらええのにと思った。

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