鼻先にキス

「カブリエル、ご飯の時間やで。今日はプロテイン入りゼリーや。」

デレデレと笑いながらカブトムシに餌をやる白石を、机に頬杖をついた体勢で冷めた目で見つめる。ペットの甲虫を愛してやまない白石は、この合宿所にまで愛しのカブリエルを連れてきて、毎日毎日過剰な程の愛情を注ぎながら世話をしている。花と植物に関しては白石と意気投合したけれど、虫は俺には理解できなかった。だって虫は俺の育てている花達を食い荒らしてしまう。だから好きにはなれない。見ている分には全然構わないんだけどね。

俺は白石の恋人という立場上、このカブリエルには結構複雑な感情を抱いていた。白石に構われて羨ましいとか、白石の愛を一心に受けて腹立たしいとか。虫相手に嫉妬するなんて、馬鹿馬鹿しい話だとは思っているんだけれど、でも白石がすっごく良い顔をするんだよ。好きな子が自分以外の相手に向かって、いつも楽しそうに笑ってるだなんて、相手が何であろうと嫌じゃないか。

白石は、今度は食事を終えたカブリエルをケースから出して、指先に乗せて楽しそうに戯れ始めた。指をしっかり掴んで離れない所が可愛いんだって、以前話していたっけ。
(俺が同じ事をしても、そういう風に思ってくれるかい?)
嫌がられて拒否されるのが怖い俺には、そんな鬱陶しいであろう行動を起こす勇気なんて無い。だから、無条件で白石に愛されるカブリエルのポジションは本当に羨ましかった。
「カブリエルになりたい。」
「へ?どないしたん、突然。」
「カブリエルになったら、君はずっと俺にデレデレしてくれると思ったから。」

角をツンツンつついて遊んでいた白石は、俺の発言に一瞬驚いて、直後に大きな声で笑い出した。
「あっはっは!!幸村くんがそんなん言い出すなんて!!」
俺は真面目に考えて言ったんだけどな。
「幸村くんがカブトムシかぁ。俺めっちゃ可愛がるわあ。絶対かっこええもん。・・・せやけど、それはそれでちょっと寂しいかもしれんな。」

そう言って白石は、カブリエルを指に乗せたまま椅子に座る俺に近付くと、身を屈めて鼻先に唇で触れた。蝶が花にとまるような感覚に目を瞬く。
「カブトムシやったら、今みたいにキスできへんなぁ。抱き着くと潰れてまうし、寒い日に手も繋げんし。カブリエルとはそういうの出来へんでも我慢できるけど、幸村くんとも出来なくなるんは、俺嫌やで?寂しくて死んでまうわ。」
「・・・それは俺も嫌だな。」
カブトムシになって愛情を一心に貰えても、触れ合えないのも、寂しさで白石が死んでしまっても意味が無い。
「な、幸村くん。俺が死んでしまわんように、キスしてくれへん?さっきの視線、めっちゃ冷たくて嫌われたか思て寂しかったわぁ。」

顔を近付けてくる白石の望み通り、俺も鼻先にキスをした。小さい子供がするみたいなキスはとても擽ったかった。

inserted by FC2 system