He is my things.

「白石、羽根付きしよう。」

一月一日の元旦、朝も早くから幸村くんはこんな事を言い出した。
「羽根付き?」

羽根付きと言えば、羽子板で羽根を打ち合う遊びやんな。負けた方は顔に墨を塗られるっちゅう、あの昔ながらの遊び。ずっと前、ほんまに小さい頃にやった事あるけど、あれなかなか楽しいもんな。お正月やし、やりたいて気分になるんは分かる。それに何より、幸村くんが羽根付きをやりたいっちゅうとるから、それに俺もぜひ付き合ってやりたい。せやけど、その前に重要な問題があるんや。
「道具なんも無いで?」

ここU-17合宿所の宿舎内では、お正月でやるような羽根付きやカルタや凧揚げとか、そういう遊びは道具もなんも揃てないからできへん。近くの店に行って材料でも揃えれば、凧揚げくらいは頑張ればできるかもしれへんし、カルタは百人一首で代用できるかもしれへんけど。羽根付きは ちょい厳しない?
「大丈夫!道具ならあるから。」
そう言う幸村くんの手には、しっかりと羽子板と羽根が握られとった。
「どないしたん?これ。」
「前に真田のお爺さんと一緒に作ったのを送ってもらったんだ。」
「え、作ったん!?スゴイな!!」
「だろう?真田のお爺さん、他にもコマとかも作れるんだ。俺も真田も、一緒に作らせてもらったりして楽しいんだよ。」

手作りだという板を、手に取ってよく見せてもらう。
「こっちの繊細に花が描かれてる方が幸村くんのやな。」
「ふふ、当たり。」
くるっと裏返すと、こっちの面にも花が描いてあった。丁寧に色付けまでしてあるし、結構凝って作ってあるやん。綺麗やなぁ。それじゃ、こっちの筆でやたら雄々しい龍が描かれてる方が真田くんのか。裏面を見てみると、大きく「風林火山」と書いてある。あ、これ絶対真田くんのや。分かりやす。ちゅうか、めっちゃ達筆やな。
「幸村くんも字ぃ綺麗なんやから、何か書けばええのに。」
「真田みたいに?」
「せや。例えば・・・、あ!自分やったら、名前書くだけでもエエ感じになるんとちゃう?幸村精市って、めっちゃかっこええ名前やし、あとすぐ自分のや〜って分かるし!!一石二鳥やで!!」
「一面に名前を書くのかい?うーん、それはちょっと恥ずかしいかなぁ。名前を褒められるのは嬉しいけれど。」
「ええと思うんやけどなぁー。まぁ幸村くんの自由やからしゃあないけど。・・・せやけど幸村くん、自分の物にはちゃんと名前書いとかなアカンで?もし誰かに取られでもしたら、そん時にこれ自分のですーって証明できへんからな?」
「お母さんみたいだね、白石・・・。」

落書き様に持って来てた筆ペンをポケットから取り出した幸村くんは、俺の言う通り素直に名前を書くと、板の端に小さく描かれたそれを見せて「よし!じゃあやろう、白石。」とキラキラした顔で窺いを立ててきた。窺わんでも、道具あるなら相手したるで。
「だいぶ久しぶりにやるから下手かもしれへんけど。」
「大丈夫、大丈夫。打って返すだけだから、テニスとそう変わらないよ。」

差し出された真田くん作の、ゴツイ羽子板を受け取る。テニスとそう変わらない、ねぇ・・・。いやいや、結構変わると思うんやけど。とりあえず、サーブ打ち返す時の感じで構えた。
「自分が羽を返せずに落としたら、相手側が1点ゲット。その度に顔に落書き1回だからね。」

そう言うて、意気揚々と打つ姿勢に入る幸村くん。めっちゃ嬉しそうやな、そんなに羽根付きしたかったんか自分。けど、ずっときつい練習続きやったし、久々にこうやって遊べるんが嬉しいんやろな。いつも試合する時はピリピリしてまうし、正月の今日くらいは勝ち負けとか気にせんと、緩く遊んだってもええか。
「いくよ。」
ガァン!!!!

緩く遊ぶ。そう思っとったのに。幸村くんが打った羽根は大きな音を立てて、ビュッと一瞬で俺の顔の横を通り過ぎていった。・・・・・・速い!!
「はい。まずは俺が一点。」

顔を後ろに向けて、落ちた羽を確認する。地面に羽のめり込んだ跡がくっきり付いてるのを見て、のんびりとしていた思考が一気に覚めていった。この真冬の固くなった地面にこんだけの跡をつけるとか、どんだけ強く打ったん!?冷や汗が流れるんを感じながら、視線を前に戻す。遊びですら手を抜かへんっちゅうことか・・・!!これは俺も本気でいかんと勝たれへんな。
「じゃあ白石、落書き1回ね。」

そんな決意を固める俺の頬に、幸村くんはサラサラと筆ペンを滑らせた。何書いてるんやろ?なんや書いてる時間、ちょっと長いな。字?
「はい、出来た。」
「何て書いたん?」
「ふふふ。」

聞いても笑ってはぐらかされたから、近くの窓ガラスを見て確認してみる。肉とか書かれてたら嫌やな、なんて思いながらガラスを見ると、そこに写った俺の頬に書いてあったのは、「幸村精市」の4文字。わー、やっぱ字ぃ綺麗やなぁ。思った通り、書くだけで様になるやん、・・・ってなんでやねん!!
「なんで名前書いたん!?しかも結構大きめやし!!」
「だって自分の物にはちゃんと名前を書いておかないと。」
「え?」
「君がさっき自分で言ったじゃないか。これでもし誰かに取られそうになっても、君は俺の物ですって証明できるね。」
「そ、そういう意味で言ったんとちゃうで!?それに、俺を取ろうとするヤツなんかおらへんやろ!?」
「いや、俺はそう思ってないけど・・・。君は皆に愛されているから。」

だから書いたんだけど、なんて言ってる幸村くんこそ、皆に好かれてるやん。別嬪さんやし、かっこええし、テニス強いし頭良えし!!幸村くんを落とそうとか本気で考えてる輩が100%おらんとは限らへんのやで!?ちゅうか、なんなん!?いきなり、その、じ、自分の物とか君は俺の、とか・・・。照れるやん。ちょっとキュンときたわ。・・・・・・ずるいで幸村くんばっかり。俺も幸村くんの顔に自分の名前書きたい!!
「幸村くん。続きしようや?」

落ちていた羽を拾い上げて、俺は打つ体勢に入る。今度は絶対打ち返したる。そんで一点取って、俺も幸村くんの顔にめっちゃでっかく「白石蔵ノ介」って書いたるねん。白石は俺の物とか幸村くん言うとるけど、同時に幸村くんも俺の物ちゅう事なんやからな!!俺もちゃんと取られんように、きっちり名前書いたるわ!!

高く羽根を上に放って、容赦なく全力で打つ。あっさりと拾われて物凄い速度で返されたけど、今度は俺も上手い事返せた。よっしゃ、コツは掴んだで。絶対負けへんからな!!

「二人共、どうしたの?その顔。」

試合は思ったよりもヒートアップして、昼食の時間になって不二くんが呼びに来るまで続いてしもた。結果は五分五分。顔どころか腕や足にまで名前を書きなぐったせいで、俺も幸村くんも肌が出ていた所は真っ黒や。 「ふふ、書き過ぎたね。」
やっと我に返った俺達は、お互いの真っ黒になった顔を見合わせてケラケラと笑った。これ、新年初笑いやな。幸村くんめっちゃ笑てるし、ええ年になりそうや。

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