一目で恋に落ちた貴方に

聞けば今、幸村くんは25歳。どうやら俺は、乾汁のせいで10年後の世界にタイムスリップしてきたらしい。んなアホな。と思ったけど、目の前の幸村くんは、15歳の幸村くんが大人になったらこんな感じになるんやろなってくらいの姿に成長しとるし、テーブルの上の新聞には今朝見た新聞の10年後の数字が書かれてるしで、俺はこれが夢ではない現実であることを理解せざるを得なかった。

これが夢やないっちゅう事は理解したけど、まだ理解できないことが一つだけ。なんで幸村くんは俺に抱きついとるんや?疑問に思う俺を余所に、テンションが上がっているらしい幸村くんは、遠慮のない力で俺の胴体をギリギリと締め上げていく。正直苦しい。さすがパワーS。
「ちょ、幸村くん。苦しい。」
「あ、ゴメンね。」

突然の暴挙にビックリして、ちょっと抵抗したらあっさりと開放された。素直に謝られて怒る気力もなくなる。まあ、俺もこれくらいでは怒らんけど。
「10年前の蔵ノ介が可愛くて、つい・・・。」
・・・怒らんけどちょい引くわ。
「確かに10歳も年下なら、ちょっとは可愛ええ感じに見えるとは思うけどな。仮にも同い年やで、自分。」
「そうだけど・・・。でも10年の間に、青学の坊やも君の所のゴンタクレも、とても大きくなってね。」
「え?越前くんと金ちゃんが?」
「そう。俺の背丈なんか余裕で追い越しちゃって・・・。その成長過程を見てきた身としては、15歳ってだけで可愛く見えてしまうんだよ。」
「ええー、そうなんや・・・。」

あのちっこい金ちゃんはおらんくなるんやな。将来的にそうなるかもって予想はしとったけど、いざ現実を突き付けられると、なんやちょい寂しいわー。
「蔵ノ介?」
危うく現実逃避しそうになっとったけど、幸村くんから発せられた新たなツッコミどころに我に返る。
「そ、その蔵ノ介って・・・。」
「え?」
「俺の事、名前呼びなん?」
「ああ、そういえば10年前はまだ苗字で呼び合ってたっけ。」

懐かしいなー、なんて幸村くんはのほほんと笑っとる。
「名前で読んで欲しい、って言ったのは蔵ノ介の方からなのになー。」
「えっ!?そうなん?」
「そうだよ。自分も精市って呼びたいからって言ってね。」
「へ、へー。そうなんや・・・。」
「驚いた?でも10年って長いから、色んな事があったんだよ。」

名前呼び、俺が言い出したんかい。自分で自分の発言にビビってしもたけど、同時に俺は嬉しいと思った。
「名前呼びできるくらいに、俺ら仲良うやっとるんやな。」

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