アロマセラピー

白石は俺の頭の匂いを嗅ぐのが好きだ。髪からシャンプーの香りがするのが好きみたいで、風呂上りの時を狙ってはよく俺の所にやって来る。こだわりがあるのか、香りが薄れている日中は何もしてこない。洗ったばかりの強く香る瞬間が好きなんだろうな、というのは毎回同じタイミングで嗅がれているから、簡単に把握出来た。

確かに、好きなタイプは「シャンプーの香りのする子」だと柳から聞いてはいたけれど、俺は特にこれといって髪やシャンプーに気を遣ったりはしていないから、そう良い香りはしないと思う。自分じゃ良く分からないんだけど、どんな香りがしているのかな?嗅ぐのを辞めないって事は、臭くはないって事だとは思うけど。

ベッドに腰掛けて、本を読みつつ思案する。そろそろ背中に張り付いている白石を引き剥がしてもいいかな。タイミング良く部屋に帰って来た彼は、慣れた動作でベッドに乗り上げて俺に後ろから抱き着くと、髪に顔を埋めてすーはーと深呼吸している。頭や首に息が掛かってくすぐったいし、おぶさる感じでくっついてるから重いし暑い。そして時々悩ましげにため息を漏らすから、俺としては色んな意味で今すぐに離れて欲しい。でも懐かれているのは嬉しいから、別に好きにさせてあげてもいいかとも思う。矛盾。
「ねぇ、もう嗅ぐのはいいんじゃないか?」
「うーん・・・、あとちょっとだけ。」
あぁ、悦に入ってるな・・・。満足するまでこのまま動かないだろう。手に持っている本は全部読んでしまったし、すっかり手持ち無沙汰だ。暇だから、後ろでもぞもぞ動いている白石の頭を撫でてみる。・・・すごく撫でにくい。
「白石。」
「ん?」
「こっちからおいでよ。」
巻き付いていた腕を緩めて、白石の方に向き直る。
「前からの方が好きに動けるだろう?」

はい、と両手を広げてあげたら、白石はパアアーッと花が咲くように笑って、嬉しそうにこちらに飛び付いて来た。首元に鼻先を押し付けて、すりすりと猫みたいに甘えてくるのを、可愛いなぁと思いながらこっちも抱き返して応えてやる。もう1回頭を撫でようと白い髪に手を差し入れたら、爽やかな香りが鼻に届いた。髪を梳きながら、白石の真似をして深呼吸してみると、石鹸の清潔感のある香りが届く。そうか。白石もお風呂から上がったばかりだったっけ。
(成程、これは癖になる。)
甘過ぎずキツすぎない、程良い香りは嗅いでいてとても心地良くて、心が凪いで気分が静かに落ち着いてくる。このままずっと嗅いでいたい。毎日練習後の更衣室で、ムワッとする汗臭い匂いを嗅いでいるから、余計に癒されてる気がする。これも一種のアロマセラピーなのかもしれない。

俺が吸った息を吐くのと同時に、白石も温い息を吐く。そろそろエクスタシーとか言い出しそうだ。
「満足した?」
「した・・・。」
それは良かった。君の気が済んだなら何よりだ。
「幸村くん、今日もめっちゃええ匂いやったで。」
「そうかな?自分じゃ良く分からないや。でも白石もすごく良い匂いがしたよ。」
「せやろ。なぁ、また嗅ぎに来てもええ?」
「いつも勝手に来てるじゃないか。いいよ、いつでもおいで。」
「よっしゃ、おおきに!!」

こうやって喜ぶ白石を見ていると俺も嬉しくなる。頭の匂いを嗅ぐなんて変わった癖だなと思っていたけれど、実際にやってみると少し白石の気持ちが分かった。良い香りがすると、離したくないって気持ちになる。今度から、抱き締めた時は感触だけじゃなくて、一緒に香りも堪能してみよう。そしてたまにだったら、俺の方から白石の所に出向いて上げても良いかもしれない。

未だに俺から離れない白石の身体を抱え直して、再び深呼吸をする。気持ちも心も、肺まで彼で満たされて、幸せだなぁとそう思った。

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